2010年 07月 02日

流浪の民


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"carbon dioxide"
Nikon D70


例えば自転車に乗りながら見上げた何本かの電線が作る三角形を眺めて
通り過ぎる時にその形を変えるのを見て
「あぁ、どの形になっても和は180度なんだよなぁ」と
その証明をした人々に対して素晴らしいなと思ってしまうとか、

例えば朝日が作る空の色のグラデーションが数秒で色を変えるのを見て
地球の自転がどれだけ早いかを考えて
でもって自分が秒速400mで動いてるのを感じてしまったりとか

例えば子供たちのはしゃぐ甲高い声を聞いて
太古の昔から無邪気な時代は
大人も気付かないようなものをその目で観察してたのだろうなぁとなんだか嬉しくなっちゃったりとか

例えば蛍光灯がちかちかした時に
電球が生まれて間もないころに火と異なった明かりが灯った時の
人々の驚いた顔を想像したりとか

とにもかくにも、なんだか全てが美しいなとか
日常生活にありふれていることに敏感に感心して
思わず微笑んでしまったり空を仰いで声をあげて笑ったりしてしまったりする時って言うのは
大抵何かに自分の人生が素晴らしいことに気づかされて生きることの喜びに満ち溢れている時か
終焉が近づいていて全てのものに感謝してしまうようなpureな気持ちの時か
どちらかのような気がしてならなくて。

まぁ、別に私がどうなっちゃうかとかないんだけど、
ここ最近の私は後者だったりするんである。

あきらめとも違う。デカダンとも違う。
ちょっとそれに近い気はするんだけど。



「許してあげますよ。」

ただただ私はその言葉を誰かから言われて抱きしめられたいだけなのかもしれない。
誰と言っても、誰でもないのだけれども。


今日は病院の日だ。
1か月が早い。
行きたくないっていうか行かなくてももういいじゃんって考えてしまうことは事実で、
それでも私は現時点での生活や生きている場所を考えると行かざるをえないことはわかっていて、
行ったら行ったでまたどうにかなることにもうんざりするというか
もうなんだか自分自身に対して皮肉な笑いしか出てこなくて
まぁ一生こうやって、ある意味囚われた人生だと変に考えてしまったり。


中学2年生の頃から描く夢がある。

深い森でも砂漠でも辺境の地でもいい。
1人で何に向かってかもわからないけれど、あてもなくとにかく前に進み、
誰にも見つからないところまで歩き続けて最後に疲れて終わりにしたい。

私にそんなことをする勇気があるのだろうか?
そういう日がきちんと訪れてくれるのだろうか?
きっと叶わないとわかっていながらも願ってしまう。

私は何を見つけたいのだろうか?
私は何に憧れを抱いているのだろうか?
天竺?極楽?エデンの東?


そんな場所があるのかも、辿り着けるのかも
未来は自分にさえわからない。


自分さえもよくわからない自分が
わかるわけも、ない。
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by top-to-toe | 2010-07-02 02:19 | Nikon 写真


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