「ほっ」と。キャンペーン
2010年 12月 16日

close my eyes, and open my mind


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"I live"
Nikon D70







翌日の日曜日、我々はKew Gardensに出かけた。
私がロンドンで最も好きな場所である。

私の父は仕事で世界中に行ったけれど、実は私と一緒で、ここKew Gardensが一番好きな場所なんだそうだ。
ちょっとした気持ちで寄ったのに離れたくなくて、初めて行った日は仕事をさぼったそうである。(笑)
で、あまりにも気に入ってその帰りに中のショップで
植物のA1サイズの絵(額入り)を3枚も買って家に送るという暴挙に出た。
(うちの父は滅多に買い物しないのですが、海外の非常に気に入った場所で時々バカ買いしてくる癖があって、
それは見事なまでに本当にボロい我が家には不釣り合いなモノが多い。
例えばそれはコペンハーゲンの青い陶器の大きなビアジョッキが20個だったり、見事な刺繍のランチョンマット(これも30枚近く….。)だったり。
飾る場所なんて本当にありません。ちなみにビアマグは人様にあげてばかりで今家には一つしか無い。小銭の貯金箱化してます。
多分すっごく高いのに!そして子供心に私は嫁に行く時にそれを持っていくと決めていたのに!
フランスでは危うくシャンデリアを買うところだったそうです。さすがに止めたらしいけど。www)

まだイギリスに行ったことも無い頃に私はその話を聞いて「一度は行きたいな」と思っていたのだけど、
当初Brighton(正しくはHove)に住んでいた私は中々足を運ばず、初めて行ったのは多分、イギリス滞在を始めてから2カ月ほど経った頃だったと思う。

その日はとても晴れた夏らしい日で、私は途中で帽子を買い、テムズの船でそこに行った。
大きなテムズはその幅をどんどん狭め、Kew Gardensに着く頃にはかなり幅の狭い小川に。
途中ボートの練習をしている大学生や、川沿いに住んでる人がデッキチェアで読書をしたりしてるところを見て
ロンドンって都会なのに自然と共にゆっくり過ごせてる人が多くてうらやましいなと思った事を覚えています。

着いた瞬間、私はしばらくその場に佇んでしまった。
芝生と青空。グースの群れ。ゆったりと歩く人達。
住み始めた直後から、私はイギリスが大好きになったけれども、この日の事は忘れられません。
ここがあるなら、日本に帰れなくてもいいやとさえ思った。



ま、話はそれちゃったけど、とにもかくにも私はここが大好きで、
出かける時は大抵、本とカメラ(とワインとパン(笑))を持ち込み、一日中過ごすのである。


今回はTubeで向かった。
ゲートについた私たちは、今回もそこから別行動となった。
私は写真を撮りたいし、彼女は彼女の心にいる亡くなった旦那さま(植物&昆虫学者だった。)と、きっと沢山話したいだろうから。
雨がまたもや降りそうだけど、気にしない。
だってほら、植物たちが生き生きしている。皆雨を待っているのだ。


王立Kew Gardensは世界で最も有名な植物園です。
広さもそうですが、何よりも膨大な資料を持つ研究機関という意味では絶対的に世界一であろうと思われます。
ここには本当に世界中のほぼ全ての種子が集まってくるのです。
また、世界中のどこのbotanical gardenも植生のコントロールや手入れが必ずされていますが、
この美しさはもう見事と言うしかありません。
象徴にもなっている温室は古いけどフォルムがまた素敵です。
京都の植物園の温室は確かここの建物をモデルに作られていたんだっけかな?


さて、Sさんと離れた直後にすぐさま写真モードに入った私。
私の最も得意とするマクロの素材に事欠かない場所。
しかも私はここで自分でここ最近で最も気に入る写真の1つを撮ることが出来るだろうって予感があった。


途中スナップらしきものも数枚撮るが、やはり中心は植物である。
温室もいいけどレンズが曇りがちなので針葉樹が続く道を歩いては止まり、歩いては止まり、撮る。
途中、三脚&結構な望遠で何かを撮っているおじさんに出会ったので声をかけてみたところ、
「ふふふ。覗いてごらん。」と言われた。
なんだろ?レンズは大きな木に向けられているけれど….。

ファインダーを覗いて思わず声をあげる。
そこから見えたのは縞模様が美しいFungi!(茸)
木の根元にあるサルノコシカケのようなものを、おじさんは遠くから撮っていたのである。
しばしそのおじさんと「キノコはいいよね~。」という話で盛り上がる。
切り上げるチョイ前だったようなので、おじさんが三脚を片づけ始めてから私も撮らせて(もちろん私は手持ち&接写)もらった。

そのまま私はざくざく歩く。

いつもそうなんだけど、こうやって1人で歩きながらもくもくと写真を撮っていると、
私は自分の心に自分を沈めていく感覚に陥る。
音がいつの間にか一切なくなって、まるで海の底で撮っているような感覚が宿るのだ。

気がつくと雨が降り始めてた。
デジカメはさすがにやばい。私は慌ててカメラを雨に充てないようにビニールで覆う。
大粒の雨が降り注いて、すぐに私の髪からは雨のしずくがぽたぽたと落ちるようになった。

(仕方ないか….。)

とりあえずバッグ(一応防水。)にカメラを詰め、私は雨に濡れながら遠く離れた建物に向かうことにした。

時に足元を見ながら、時に大きな針葉樹の先を見上げ、私は色々と考えながら雨の中をずっと歩いた。
傘をさしたり、アノラックの帽子を被って雨を防ぎながら足早に私を通り越す集団が居た。
後ろからその背中を見ながら、私はまた考える。

「私は何を撮ればいいのだろう?私はどうやって生きていけばいいのだろう?」

あまりにも雨が酷くて、私は大きなもみの木の下で雨宿りをすることにした。
ここだってこれ以上降ったらもたないかもしれないけど。

暫く木の幹に背中を預けてぼんやりしてたら涙が出てきた。
多分そこに存在していた木々や空気がそうさせたんだと思う。

目をつむって、私は色々な国の色々な森を思い出した。
日本の森、ドイツの森、イタリアの森、スウェーデンの森。
そういえば私はどこの森でも必ずと言っていいほど泣いていたと思う。
それは決して嫌なものではなくて、いい意味での孤独と安心感からくるものだったと思う。
目を閉じていても心が開かれ、私は地球の自転さえ感じるのだ。

しばらくして目を開けて、ふと横を見ると、赤い折り畳み傘をさして立つ1人の男の人が居た。
同じアジア人だけど、多分中国の人だろうと思う。

その人は私のように涙を流してはいなかったけれども、何とも言えない感じで遠くの一点をただ見つめていた。

私も同じ方向に目を向ける。
大きな幹の下で見たもやのかかり始めたKew Gardensは神秘的で、まるで夢の中にいるようだった。


その23に続く

※しばらくコメ欄閉じます...。
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by top-to-toe | 2010-12-16 22:41 | Nikon 写真


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