「ほっ」と。キャンペーン
2010年 12月 23日

We have a distance, but feel no distance.

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昨晩は素敵なLeica写真を撮るN氏と急遽渋谷で飲むことに。
2件目は新宿にという話だったんだけど、
私が前々から行ってみたい渋谷のある通りの話をしたら
じゃぁせっかくだからそこに行ってみようかという事になった。(Nさんは時々行ってるらしい。)
入ったお店はディープもディープ。
Nさんも2回目だというその店。広さは多分3畳あるかないかくらい。
初めて入ったというのに、私は酔っぱらったママの代わりに客におでんをよそったり注文を取ったりと。
焼酎水割りグラスにナミナミと口いっぱい注がれた焼酎(ママはそれを「ロック」と呼ぶ(笑))を
満員電車の中で飲んでる感じね。もうぎゅうぎゅうなの。www

隣に座ったオジサマ2人といやに気が合い、
(酔っぱらった上に外見褒められたので私はご満悦でした。)
我々はその方たちに招待され、渋谷の小さいけれども大変素敵な割烹に連れてってもらい、
帰りは駅まで手を繋いで歌いながら帰るという楽しさ。(Nさんはもう一人ともう少し残った。)
明日、仕事の依頼でその方とまたお会いします。

新宿もいいけど、渋谷もなかなかね。
Nさん、次もまたあのお店行きましょねー。ムツコちゃん(上海生まれのママ)最高でした。



Kew gardens から帰ってきて少しホテルでゆっくり。
Sさんは少し買いものに出てくると1人でどこかに行ってしまった。

荷物の片づけをしながら短い間に色々起こってなんだか濃い内容の旅だなぁって思ったんだけど、
よくよく考えれば、いつものパターンで、
そういえば「あっさりした旅」なんて経験を私は一度もしたことがないように思えてきた。
修学旅行でさえそうだったもんね。
(結局写真やってない時からこうだったんですよね….。)


さて、この日は夕方から、私の友達Brianと会う事になっていた。
ここでも何回か書いているので覚えてる方もいらっしゃるとは思いますが、
私と彼との出会いは実は日本。新宿。Hub-Pub。
女友達とゴールデン街の22時からのライブ(この頃私はフリージャズに傾倒中。)に向かう途中
ギネスでも飲んで行こうかとHubによった時、隣に座ってたんですよね。
おとなしそうに飲んでるおじいちゃんがいるなぁって事で
「よかったら一緒にどうですかー?」と話しかけたのがきっかけ。

出会ってから多分4年か5年くらいになるんですが、
今では彼が日本に来る時には必ず私が新宿に出かけ、
私がイギリスに行った時は彼が必ずLondonまで来る、という
本当に仲よしの友達になってしまいました。
前回日本に来た時は、アーティスト仲間3人とフランス人と親友美奈ちゃん連れてって大盛り上がり。
皆で浴びるほどワインを飲んだんだよね。

前回会った確かTottenham Court Rd.にある老舗のパブが店を畳んでしまったとの事だったので
今回は宿から2駅先のSouth Kensingtonで飲むことにした。

夕刻になり、Sさんと出かける。
駅に着くと、既にBrianは到着していた。
当たり前なんだけど、イギリス人だなぁ。(笑)
半年ぶり!とHugで挨拶をした後に聞かれる。

「右と左、どっちの店がいい?」

なんとなく右を選び、そちらに向かう。
時間も早いから平気だろと思ってたんだけど、入ってみたら店内はかなり混み気味。
あー、そうか。今日、日曜なんだっけ。

3人座れる席が無かったのでもう1軒のPubに行こうか迷ったんだけど、
程なくして空いた席に店員さんが案内してくれた。

私たちは必ず1杯めを奢り合う。今回はLondonなのでBrianだ。
「Saoriは聞くまでもないね。Guinessさ。○○は?」

実はSさんはお酒がほとんど飲めない。
オレンジジュースでもいいんじゃん?って言ったんだけど、さすがにPubでは飲んでみたかったらしい。
結局シードル(good choice!)にしてBrianに頼む。
F&Cはどうするかと聞かれたので、それよりもToday’s sausageとpieが食べたいと答えた。
ちなみに本日のsausageはCider & Apple。これはイギリスならではよね。
(マッシュポテトも超美味しかったー。イギリスのマッシュポテト好き♪)

この後はもう、とにかく話して・笑って・飲んで。楽しい時間を過ごしました。
途中ちょっとアクシデント(Brianのお財布が無くなった。)があったんだけど、
そんな悪いこともきっと明日良い事がある証拠さと、気にせずがんがん次を注文して飲んでたあたりが私とBrianらしい。
今日私が出した分は、Brianが日本に来て出せばいいんだよ。
だってどうせ、また会うでしょ?

結局何時間居たのだろうか?
夜も更けて、BrianはそろそろCambridgeに帰らなくてはならない時間。
(Londonから1時間くらい。日曜は電車が少なくなる。)
また来年日本に来るらしいので、その時にHubで、と約束して駅で別れる。
なんか結局いつも「じゃっ!」って感じで別れるんだよねぇ。
それ程遠くない所に住んでいる、たまに会う友人と軽く手を振って別れるみたいに。
UKと日本なのにね。




私は多分、人よりもあまり「距離」と言う事を気にしない人間なんだと思います。
アメリカもイギリスもイタリアも口で言うほど遠いって気が全然しない。
(もちろん時間的な余裕は必要なんだけど)距離的にはどこも気軽に行けるくらいの感覚です。
なので何年も会ってない友人に海外で再会しても変に感慨深くないんだよね。
まぁ、その友人たちに言わせると、それは私が「変らなさすぎ」だからなんだそう。
特に「化け物レベル」で顔かたちがほとんど変わらないかららしいです。
(単語聞いた時にメマイしましたけど。化け物レベルって褒め言葉じゃ無いじゃん(笑))


Brianだって私だってSさんだっていつか死ぬ。自分が先か向こうが先かわからないけど。
なのでいつまで会えるかっていうと、この先永続的にってわけじゃない。
で、その「終わり」はもしかしたら明日どころか数十分先に訪れるかもしれない。

それでも私は思うのだ。
出会った人との繋がりは、私が生きている限り、必ずどこかに残っていて、
それは長く会おうが会わまいが、覚えていようが覚えていまいが関係なく、
また再会した時(もしくは再会する事が希望ではなく、確実になった時。)に
「確認」出来るものなんだろう。
一度繋がった糸は相手がこの世に存在しなくなるまでは切れることなく、必ず私はその端を握っているのである。

見えないけれども切れない糸はどこまでもどこまでも伸びる。
それこそ地球の裏側にだって宇宙にだって。
そこに出会った誰かが世界に存在する限り、辿っていけば必ず会えるのである。

数年前、生まれて初めての個展で私は全紙サイズに伸ばした
スクエアで撮った海の写真を飾った。
”We have a distance but feel no distance.”
タイトルは海を見て写真を撮った時の気持ちをそのままつけた。

距離は誰かとの隔絶を表わすものではない。
その長さが事実的な遠さである事は間違いないけれども
また会おうという気持ちがある限り、そこについた単位は消え失せる。

思ったよりも地球は実はたいして広くない。
誰がどう思おうと、それは私にとっては間違いのない事実なのである。
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by top-to-toe | 2010-12-23 10:19 | Nikon 写真


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