2011年 05月 08日

R.I.P

a0073456_14111127.jpg


"Fumiko"
Nikon D70

一昨年にこのブログでも載せた意識の無い状態にいた従姉妹。
GW前に状態が悪化して会いに行ってから少し持ち直したのだけれど、
残念なことに、5月4日の午前中、帰らぬ人となってしまいました。

「かなり悪い」とおじからメールがあり、
以前行った時に約束したので恋人を連れていったのだけど、
病院に着いた時には息を引き取った後でした。
享年42歳の若さでした。


おでこに沢山キスをして、彼女が最後に着るパジャマをおばさんと恋人と買いに行き、
司祭様を呼ばなくてはならないので4日後になった今日の葬儀で会う約束をして私は家に戻った。


色々な思いはあるけれど、時々少し涙が出るけれど、
私は彼女と沢山話をしてきたので、それほどとり乱すこともなく今日を迎えた。



実は昨日、たまたまモノクロプリントのワークショップがあった。

彼女の写真に良いものがみつからなく、
私が写真にそこそこ詳しいという事を知っている彼女の両親と兄弟に頼まれて、
彼女の遺影を選んでもらえないかと言われた私は
これまたたまたま数年前に撮ったモノクロの彼女の素敵な35mmフィルムを
彼女が亡くなった次の日に見つけたので
その写真を先生にアドバイスを受けながら、自分の考えで焼いてきた。

数人で写っている写真ということと、引き延ばし機の限界で
焼いた写真は6つ切りの、少し小さいサイズだったけれども、
彼女の笑顔がとても素敵だったので、焼いた私も本当に嬉しかった。


意識の無い、というのは外からの判断なので
実際のところ、彼女の最後は私にはわからない。
もし意識があったとしたならば、彼女はどのような気持ちでいたのだろうか?
亡くなる直前にどういう思いが巡ったのだろうか?
「きっと幸せだったと思う」なんてことは
まだ若くてこの世を去ってしまった彼女に対して言える言葉じゃないと思う。
それは私や、私の周りが決める事ではないのだ。
たとえ、そう信じたいと思ってはいても、だ。


彼女が今、この世にいない。
その現実は受け止めてはいても、きっとこの先、度々私はそのことに直面して
とても悲しい思いをするのだろうと思う。

彼女にもっと沢山の写真を見て欲しかった。
彼女ともっと沢山話をしたかった。
彼女ともっと沢山一緒に飲みたかったし遊びたかった。



残された私は彼女に何か約束をしなければな、とふと思う。
私が約束出来る事はなんだろう、と考えたら
やっぱり写真の事だった。

彼女が目にした時に「さおりちゃん、すごい!」って言ってもらえるような
そんな写真を、そんな写真の表現をし続けていく事。
私に出来る事はそれくらいだけれども、それが彼女に対して出来る事の多分一番の事。

彼女には色々やりたい事があった。
だから私は自分のやりたい事を、諦めずに頑張ってやっていこうと思います。


ふみこ、どうぞ安らかに。
私は死ぬまで写真で表現をしていくね。
いつかどこかでまた会いましょう。

8th/May/2011
(ちなみに今日は母の誕生日。これもなんだかちょっと不思議な感じです。)

saori
[PR]

by top-to-toe | 2011-05-08 14:40 | Nikon 写真


<< 1      What I felt >>