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2009年 06月 02日

the mission


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Even if nobody can notice you , we notice.
誰もが気づかなくても 私達が気づいてあげる

Even if nobody can listen to you, we listen.
誰もが聞いてくれなくても 私達が聞いてあげる

Even if nobody find you, we find you.
誰もが見つけてくれなくても 私達が見つけてあげる

I and my camera can catch you even if you are invisible.
私と私の相棒は あなたが見えない存在だとしても あなたを捕まえてあげられる

Because it is our mission in this world.
だってそれが私たちの この世界での使命だから


"In the rain"
Pentax MZ-3, (多分)E100VS




この写真、撮ったのは約3年前。一昨年の人生初の写真展に出した時の1枚。初めて売れた1枚。
このブログでも1回出してるかな?最初の頃の方で。多分。
写真を撮り始めて間もない、多分生まれて初めて一眼持って、初めてポジ入れ始めて3本目くらいのやつです。
雨の中、研究室に行く途中、「こんなところに?」って場所で見つけたアジサイ。
ゴミだらけの場所で、控えめに控えめに、でも一生懸命顔を出してた。
なんとなく顔が誇らしげで、撮る時思わず口から出た言葉は

「待ってた?。」 だった。

自分でもなんでそんな言葉をかけたんだろう、と不思議だったんだけど、
その後しばらくしてから、なんとなく自分の中でそれがわかった気がしました。


「自分にとって写真を撮る事ってなんだろう?」と、きっと写真を撮る人なら大抵1度は考えるんだと思う。
で、もちろん私もそうなんだけど、色々出てくる気持ちの中で「使命感」のようなものが必ず毎回出てきます。

私がスナップをほとんど撮れない のは、
街に出ても郊外に出ても駅でもヒトゴミの中でも道端でも自然の中でもいつも「メッセージ」みたいなものを探してて、
それを見つけて拾い上げて写真に収めることに従事してるからだと言えると思う。
被写体が偶然に見つかることは多いけれどそれを写真に納めるという事は、
スナップで納める瞬間的な「偶然性」とはまったくもって質が違って、
どっちがいいとか悪いはなくて、私はこの納め方がpreferなだけなんである。

雑踏の中やゴミの中にそれは時々落ちていて
時に悲しみにくれている。
時に怒りに満ちている。
時に泣いて叫んでる。

もちろんそれはネガティブなものだけでなくて
時に笑っている。
時に誇らしげに佇んでいる。
時に歓喜の声をあげている。

被写体の裏側や奥にあるメッセージになるであろう「それ」は、
時に誰にでも気づかれるほど強くて、大きな人の「動き」や「流れ」を作り出すこともあるけれど、
ほとんどのものは、見つけてあげようとしなくては見つからないことも多くて。

街中にゾンザイに投げ捨てられてた割り箸にどこかの森の木の一本の痛みを感じる事もあれば、
壁に書かれた何気ない落書きは社会に潰されそうな誰かの叫びに繫がるかもしれない。
目の前にある大きなビルディングは家族の為に汗水たらしている誰かの気持ちと結びついてて
使われた材料の裏には、削られていく豊かな大地の悲しみが横たわる。

全てを拾い上げて全てを伝えることなんて出来ないさ。
多分私が一生で見つけられるそれは、
例えばサンディエゴのシーワールドの巨大なプールにいっぱいの水のうちの1分子にも満たないはずだ。
それでも私は少しでも、それを探して拾って、一人でもいいから「誰か」に伝えたいと思っている。

拾われたメッセージが誰かに伝わったかなんか、そのメッセージを残した側にはわからないかもしれない。
伝わったからと言って私や誰かが文明を捨てるわけでもないし、何かが変わるなんてことはほとんどないと思う。
それでもそれがメッセージであるかぎりは誰かに伝わらなくちゃいけないんだと私は思うし、
私がそれを見つけたのなら、私はそれを誰かに伝える使命を負うのであるとも思う。

絵でも音楽でもメッセージは伝わる。
けどね、写真(本当は映像も含むけど。)は事実を明確に伝えるツールとしては
芸術と言うカテゴリの中ではダントツなんである。


あの時あのアジサイは6月になったことを一生懸命伝えていたと思う。
今年もまた季節が巡ってきたんだよ、と、メッセージを発信してたんだと思う。

今までいくつそんなものを拾えたかも、いくつ人に伝えれたかもわからない。
もしかしたら誰にも伝わってないかもしれない。
メッセージと思ったものはもしかしたら私の勝手な思い違いで、そこには何もないのかもしれない。
それでも私はそれを探す。探して・見つけて・写していく。

多分、一生。きっと、一生♪
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by top-to-toe | 2009-06-02 01:23 | PENTAX 写真


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